2017年8月9日水曜日

聖書の不思議「創造主なる神が存在される」

 
北海道・知床
天地の創造主

「はじめに神は天と地とを創造された。」(創世記1:1 口語訳聖書)
聖書の最初の言葉、特段の説明もなくおごそかに神秘的な言葉で書かれています。この言葉に感動を覚えたのは、大学1年生の時でした。その時に、創造主が存在し天地を造られたのか?と色々と調べました。全宇宙と地球がどのように運航しているか、人間、動物、植物がどれほど精密に複雑に造られているかを知り、この聖書の言葉を黙想してみますと、創造主がおられ天地を造られたのだと認めざるを得なかったのです。

進化論については、小学校の先生から聞いた記憶はあります。それよりも、天地の全てがいかに精密に複雑に造られ、正確に運航している様を知ると、進化論は考える余地もありません。天地の創造主が存在されると見出だしたのです。

この宇宙、地球、自然界、人間についてつぶさに調べると、この世界が偶然にできたのではなく、その背後にデザインをされた方がおられることを、やがて認めることとなり、多くの自然科学者が認めています。万有引力の法則などの発見をしたアイザック・ニュートンもその一人で、彼は、自然科学(物理・数学・天文)史上最大の科学者と言われています。

人が人として生きる道

創造主の存在が分かり、その神さまは、私との関係はどうなのか?神様を信じるとはどういうことか?を考えるようになります。多くの人々が、聖書を真剣に調べて、やがて神の存在を知り、神の子・イエスキリストを救い主として受け入れたことを聞かされます。聖書に反対している人さえも、そうなのです。

「聖書は、人が人として正しく歩んでいくことを導いてくれる書物」であろうと理解しても、神さま、救い主を信じることがわからないのです。私も同じような経験をし、ともかく、聖書をしっかり学んでいく、そこに何か真実があるのではないかと求道する姿です。教会の礼拝やKGKの集会に出席して聖書を学び、それに関する本を読み漁りました。やがて、この真実な道にかけてみるしかない、飛び込んでみないとわからないのではないかと導かれました。

日曜日の朝の礼拝の時に「この道にかけてみよう!」と決断し、信仰へのジャンプをしました。イエスキリストを私の救い主として受け入れるに至りました。「人が人として生きる道が、そこにはある」とひたすら求めて見出したのです。信じるとは、信頼することです。聖書を読めば、イエス・キリストがどれほど信頼できるお方かが分かってきますが、目に見えないお方、神さまですから、信仰のジャンプということになるのです。それは、全くの恵みによることです。

聖書の不思議

神を信頼し、信じて信仰を持ったとはいえ、聖書を読んでもわからないことがいろいろと出てきます。その時に、教会で指導されたことは、「聖書の中でわからないことが出てきても、次第に霊的な目が開けて、わかるときが来ます。わかるところだけをまず理解して進みなさい。」ということでした。

「信仰は体験である」と言われ、霊的な目が開かれなければ、理解できないとも言われます。よくわからない事柄といえば、イエス様の復活、奇跡、罪の三つでしょうか。“イエス様の復活”や“奇跡”については、全知全能の神が、超自然的な力を働かされれば、当然できないわけがない等々、それなりの説明や論理展開で、最初は理解をしていました。“罪”については、罪人と言われても子供のころから品行方正にしつけられて育ち、あまり悪いことはしてないしー。でも、やはり自分も罪人だろうなとこれまた浅い頭での理解レベルです。

聖書を読み、祈り、日々の問題を信仰により解決していく信仰の体験を積み重ねていきますと、いつの日か着実に心から「アーメン」とわかってきます。霊的な目が開かれるのです。罪と十字架と復活の関係が明確にわかり、奇跡も信じられます。聖書の言葉を自分に適用・実践して、その通りになる体験を積み重ねることにより、これらのことを信じようと思うまでもなく、その通りであるとわかってくるのです。

私にとって、創造主なる神が存在されることは、最初は知的理解でした。聖書を自分に適用し実践する信仰体験を積み重ねるに従い、今も生きて歴史を動かされる創造主、この小さい者も導いてくださる全知全能の主がおられると語る生き証人となりました。この幸いを心から感謝しています。

2017年8月9日    小坂圭吾

2017年7月14日金曜日

コーヒーブレイク「映画「十戒」を楽しむ」

スペクタクル史劇の傑作

 映画「十戒」(1956年の作品)この映画を初めて見た時、興奮しながら見た思い出があり、その後も何度か見ました。この映画は、セシル・B・デミル監督自身によってリメイクされたのですが、「ベン・ハー」と双璧を成すスペクタクル史劇の傑作です。

旧約聖書の「出エジプト記」を原作として制作され、内容は極めて旧約聖書に忠実で、映画の醍醐味を感じさせてくれる作品です。3時間40分もの長~い上映時間の途中、「10分休憩」があります。このリメイクでは舞台裏の解説があり、そのセットの凄さ、エキストラの数・・CGは勿論なく、こんな凄い映画は、今のハリウッドでは、とても作れないことでしょう。

チャールトン・ヘストンとユル・ブリンナーの二人の存在感はさすがで、女優陣も魅力的です。ユル・ブリンナーがキリリとした姿で出てきますが、かつて現役時代に勤務していた企業で、彼をある広告のモデルに起用し、当時のF社足柄工場に来てもらったのを思い出しました。当時も、頭はピカピカでしたね。

それにしても、今の映画は、観ていると疲れる事が多いのですが、昔の映画は観ていて疲れない!観客の「目」や「心」や「耳」に優しい映画なのです。

聖書の世界観 

一般の方々は、この映画を“旧約聖書の世界観を知るために見る”という方も多いと思われます。日本人が聖書を読もうとすると、日本語訳が原語に忠実な訳の為、当時の風俗、習慣など歴史や文化の違いを考慮した翻訳になっていないので、さっぱりわからない、難しいと感じられるのです。

その旧約聖書の物語を、映像でかつ分かり易い日本語でしゃべってくれるのですから、理解はとても楽です。60年前の作品とはいえ、古さを感じずに楽しむことができます。

この映画の中での語り草と言えば、“紅海がまっぷたつに割れる” 映画史上名高いシーンです。エジプト王の軍勢が、出エジプトをしたイスラエル人を追いかけ、紅海に面した断崖に、イスラエル人は追いつめられる!絶体絶命のピンチに神に祈るモーセが、海の上に手を伸ばす。 

とその時、目の前の海が“まっぷたつ”に割れ、海底の道が現れたではありませんか!イスラエル人がその乾いた所を進み、全て対岸に辿り着くと、モーセが再び手を紅海に差し伸ばす。海の水は元に戻り、エジプトの軍勢すべてを飲み込み全滅してしまいます。

この映画を見た数年後に、アメリカ・ロスアンジェルスにあるユニバーサル・スタジオに行く機会があり、たまたま「紅海まっぷたつに割れる」特撮シーンの裏技を見ることができました。映画製作の工夫に感激しました。

    聖書の奇跡

“紅海の水が二つに割れる”ことは、まさに神様のなさった奇蹟です。この事柄は、聖書信仰の立場にある者としては、聖書に書いてある通り起こったと素直に理解をしています。したがって、映画を見ましても旧約聖書の史実に忠実に描いていますので、一層楽しむことができます。

この奇蹟と科学とは、矛盾するのでしょうか?この全世界は、全能なる神(God、創造主)が創造されました。自然界は、私たちが考える以上に規則正しく、自然法則に従って動いていることを、科学は明らかしています。全能なる神は、必要であれば、その自然法則を超えて働かれる、その時に起こるのが奇跡です。科学を信じるからこそ、奇跡も信じることができるのです。

全能の創造主が、この天地を造られ、今も統治をしておられると信じ、受け入れ、“科学と奇蹟は調和する!”と理解しています。紅海の水が二つに割れる様子は、まさに圧巻であり、こうした奇蹟を自分の目で見たイスラエル人は、神さまを半信半疑に思っていたとしても、心から信じるようになったことでしょう。

しかしながら、そのイスラエル人が、しばらくすると神様に不平不満を言い、反逆するようになる。これこそが、私たちの現状の姿です。絶えず、神さまにしっかり目を向けて歩まねば、失敗をする者であることを覚えさせられます。

「モーセが海の上に手を伸ばすと、主は一晩中、強い東風を吹かせて紅海の水を流れないようにし、水を二つに分け、紅海の一部を陸地とした。イスラエル人は、紅海の中の乾いた所を進んで行った。」(出エジプト記14:21~22 現代訳)

2017年714日  小坂圭吾



2017年6月21日水曜日

聖書の不思議「ビジョンは導く」

創愛キリスト教会
創愛キリスト教会・献堂式に出席

 先月、四日市市にある創愛キリスト教会の献堂式(顧問牧師・堀越暢治、主任牧師・宮崎聖)に参加致しました。堀越暢治(のぶじ)牧師が18年前に、新たな一つの家庭集会から始まり、創造主の慈しみと哀れみにより完成へと導かれたのです。4年ほど前、『創造主訳聖書』が刊行したころ、堀越先生の教会を訪問させていただくと約束したことが、献堂式に参加という形で実現しました。

新会堂建設は、主の恵みが特別に注がれるときでもあり、私も何度か会堂建設に携わる恵みにあずかりました。最初は、学生時代に韓国を訪問・謝罪の実として、日本軍による教会堂焼き討ち及びクリスチャン殺害事件のあった韓国・提岩里教会の再建です。

2回目は、30代の時、母教会(当時の高田馬場教会)の初めての新会堂建設の委員に加えられ、会堂献金の蓄えが少ない中、主がそれを実現してくださる様を体験しました。

3回目は、東京都より河川の治水工事の為に、会堂を移転してほしいと申し出があり、新築してわずか10年余の教会堂を東京都に売り払い、別の場所に会堂移転するというまさかの計画です。これを契機に千人会堂建設というビジョンに向かって歩みを進め(聖書キリスト教会・東京教会)、主なる神様が不思議な事をされる様を体験させていただきました。
献堂式

神の名について

創愛キリスト教会の特徴は?と言えば、聖書の創世記に記されている「創造」の真実を信じ、大切にしている教会です。人は、サルから進化した偶然の産物ではなく、天と地を造られたお方・創造主が、最高の傑作として造ってくださった存在です。

大学1年生の時に求道を始めた私は、まず創世記から読み始めたような記憶があります。「はじめに神は天と地とを創造された。」(創1:1 口語訳)何という素晴らしい言葉から始まるのでしょう。求道して間もなく、聖書を研究し天地の創造主が存在すると、素直に信じました。

 堀越暢治牧師が、18年前に開拓伝道を始められたのは、「神」の名は、日本では八百万(やおよろず)の神々と理解され、正しく伝わらないので「創造主」と呼び名を変えて伝道しようと決意されたのです。また、「神」という言葉を「創造主」に変えた聖書を作りたいと願われ奔走されました。

 堀越先生は、淀橋教会の峯野龍弘先生、韓国・オンヌリ教会(創造論に立って創造主なる神を宣教し今日のような教会に進展)故ハ・ヨンジョ先生の協力を仰ぎながら、創造主訳聖書刊行委員会を立ち上げて、念願の『創造主訳聖書』が刊行されたのです。

 日本人は、聖書の中で「神」と出てくると八百万の神と理解しながら読みますので、混乱が起こります。「創造主」と書いてあると“天地を造られた神”と理解しながら読むため、混乱が起こらず伝わりやすいのです。

創造をベースにビジョンに向かって

 創愛キリスト教会は、「創造をベースに99%へ福音を」というビジョンを掲げ歩んできた中、広大な土地・8000坪が与えられました。この土地の活用を模索する中、このたび新会堂が建設されました。

 旧会堂は、改修して「ノアの箱船記念館」としてオープンを予定、アメリカの創造博物館やアメリカから寄贈された化石、堀越先生が日本や世界中で自ら発掘した化石を館内に展示される由。創造の真実をダイナミックに伝える映像の上映、創造の歴史を学べる展示物(恐竜のオブジェやパネル)などの設置も行われるとのことです。

 さらに、ノアの箱船の出来事が真実であることを伝えるために、ノアの箱船の原寸大モニュメントの設置(全長150m ✕ 幅25m ✕ 高さ15m)による“ノアの箱船記念パーク”を作るビジョンに挑戦しています。これらの夢・ビジョンに向かって18年前に始められ、次第に形になりつつあることは、なんと喜ばしいことでしょう。

 聖書の言葉を固く信じ、創造主に思いをはせながら上からのビジョンをいただき、その実現に向かって前進する時、創造主が不思議な事をなしてくださるのです。“いのちの創造主”の素晴らしさをお伝えします。

 ・創愛キリスト教会のHPはこちら ↓


・創造主訳聖書はこちら ↓



2017621日 小坂圭吾

2017年5月16日火曜日

今を生きる「良い習慣を身につける」


横浜・山下公園
毎日練習する

 長い間水泳をやっている孫のA子(中学2年生)が、いつのまにか県大会出場から全国大会出場するまでの実力になりました。彼女の母親が、水泳好きな事が引き金となり、習わせ始めたのです。子供4人すべてに習わせましたが、そこは得て不得手があり、A子が適正もあったのか、練習熱心で手抜きをしないでやるそうで、コーチも目をかけて腕がぐっと上がったそうです。

 彼女の日課を聞くと、毎日しかも朝晩と練習する、休む日は、年間数えるほどしかなく「こりゃ大変だ!」と感じます。別に苦しいとか大変だとかの言葉は無く、さらりとやっているように聞こえます。この一事を通して、何か大切なことを身につけているのだろうと思わされます。

定期的にやり続ける

スポーツというのは、週にできれば2回以上定期的にやり続ければ、体も出来て上手になるのだ、と中高年になりやっと知りました。ストレッチも、毎日やれば着実に体が鍛えられることも、数年前から実行して実感したものです。それまでは、やる日もあれば、忘れてやらない日もあり、今は、朝起きて10分間欠かさず実行しています。

ある時、習字を長年習いかつ子供たちにも教えている家人に聞いてみました。「習字は、あるレベル(師範)に達しても、毎週練習をし続けなければだめなのかな?」「そう継続してやり続ける必要があるのよ。毎回、墨をすり練習をして後片付けをする。これは大変だけど、続けないと実力はすぐに落ちるのよ。」続けないと力が落ちることは、どのような道も同じなのですね。

数年前から、「囲碁」を習い始めましたが、その中で教えられたのが小林覚九段(今までに1000勝以上達成)の言葉です。「勉強しても強くなる保証はない。勉強しなければ、確実に弱くなる。」この勉強する、努力する、続けることは、あらゆる分野、道に通じる事柄のようです。

生活の最優先事項

私たちクリスチャンにとってやり続けるべきこと、毎日の生活の最優先事項は、“デイボーション(静思の時)”です。私たち人間は、創造主なる神と交わりを持ち、対話し、意思疎通を図ることができるように造られました。

イエス様は、しばしば静かなところに退いて一人で祈られました。神の御子でさえ、絶えず神との交わりを必要としておられたのだとすれば、私たちに必要なことは言うまでもありません。神様に大きく用いられた人たちは、聖書に登場する人物は言うまでもなく、現代においても皆、神の御声を聞き、神に祈る習慣を確立していました。


“デイボーション(静思の時)”は、QT(Quiet Time)とも言われ、霊的な入浴の時間ともいえます。生活の中の罪を吐き出し、洗い清めていただき、新しい出発をする時間にもなるからです。

長い信仰生活の中で、絶えず教えられてきた良い習慣とは、“デイボーション(静思の時)を持つ”“家庭礼拝をする”の二つです。今まで人生の年代に応じてジグザグ、ヨチヨチしながらの実行でしたが、この二つは、恵みと感謝な事柄だと感じています。

 多くの教会では、“デイボーション(静思の時)”の大切さが語られ、指導されていることでしょう。長い間実行しつつも様々な問題に悩んでいる方、あるいは身についていない方もおありかもしれません。もっと聖書を深く学ぶにはどうすればよいのだろうか?とお考えの方もあるかと思います。


これらの事柄に良い指導を与えてくれる本が、「霊的成長をもたらす4つの習慣(クラス201)」(リック・ウオレン著、PDJ刊)です。心から、お薦めいたします。下記をご覧ください。↓


(全国のキリスト教書店でも販売しています。)



2017516日 小坂圭吾



2017年4月15日土曜日

祈り「東日本大震災から6年~風化させない」



奈良・東大寺
人災は避けられる 

 20113月の東日本大震災から早6年、東京オリンピックが話題になればなるほど、大震災のことは忘れてはいけないと筆を執ることにしました。この10年間に起きた世界中の地震の2割は、日本で起きているそうです。

東日本大震災による津波の被害ですが、三陸沿岸はリアス式海岸で、津波襲来の常習地です。明治および昭和の津波での教訓から、高台移転や様々な津波対策を立てた地域にもかかわらず、宮城、岩手県の地区のうち7割が、平成の東日本大震災で大きな被害にあっています。

「此処より下に、家を建てるな」との先人の残した石碑の教訓が生かされた所もありますが、いつの日か風化されてきたのです。 災害の悲惨な記憶がしだいに薄れ、不便な高台から離れる人々や津波の恐怖を知らない移住者の方々が、低地に家を建てるのです。“天災は避けられないが、人災は避けられる”との言葉が、迫ってきます。

福島原発の事故

多くの人々の故郷を奪った事故の最大は、東京電力・福島第一原子力発電所事故です。国際原子力機関(IAEA) の調査団は、20116月に査察の結果を提出し「事故の要因は、高さ14 メートルを超える津波によって、非常用電源を喪失したことである。日本の原発は、津波災害を過小評価していた。日本の原子力発電所は、安全対策の多重性確保を行って、あらゆる自然災害のリスクに適切な防御策を講じるべきだ。」と述べています。

原発事故による避難者は、ピーク時は16万人強でその半分8万人を割る人々が、今なお避難生活を余儀なくされています。除染が行われ避難解除が実施されているとはいえ、すでに6年間も放置されたところは、その惨状があまりにも悲惨というべきでしょうか。原発事故の厳しさについて、考えさせられます。

6年余の日本は、原子力発電に頼ることなく、色々と無理をしながらも電力の安定供給を行うことができました。原発の再開をしなくとも、日本は困らない状況ではないかと考えたくなり、福島原発の事故を見ると、リスクがはるかに大きいので安全性を重視したくなります。

日本全体のエネルギー調達については、➀コスト ②供給の安全保障 ③地球温暖化  ④安全性 の4要素を最も満足させるようにエネルギーの種別、地域を分散したエネルギー政策を立案しているとのことです。大雑把に言えば、電力安定供給を重要視し、長期的には再生可能エネルギーを増やす方向に進んでいると考えれば良いでしょうか。昨年、我が家も長期的に考え国全体に役立つことだろうと、“太陽光発電”を設置しました。

今何ができるだろうか?

この1か月間ほど、NHKでは復興の様子を様々に取り上げていました。津波で大損壊を受けた地域の復興、原発事故の復興は、まさに始まったばかりというところ。今もなお多くの方々が、避難生活を余儀なくされている現実は、厳しいものを感じます。

私たちは、今何ができるのでしょうか。手軽にできることは、被災地の産物を買うことです。特に、福島、宮城、岩手産の産物を少しでも意識して買っていくことです。

第2は、現地訪問です。観光旅行でもいいですし、とにかく現地に行って楽しんで、復興状況を知ることです。百聞は一見に如かず。その場所でお金を使うことが、小さいけれども出来ることです

最後に、日本列島を襲う大地震は、今後もあることは疑う余地もなく、予想さえも出来ないことが起こりえます。二度と原発事故が起きないことを願います。この事故を通して、現在、原発施設の近くに住んでおられる方々には、迷惑施設を押し付けているのだという自覚と、私たちの担うべき原発リスクを負ってもらっていることを忘れてはならないと思います。

風化させないための努力として、語り継ぐとかはその一つですが、今年また“語り部ガイドツアー”に参加し、復興の状況をまじかに感じ見て来たいと考えています。

2017年4月15日 小坂圭吾


2017年3月23日木曜日

今を生きる「失望を乗り越え、イキイキと」


横浜みなとみらいホール・パイプオルガン
元気はつらつ?

皆さんは、毎日元気はつらつと活動をしておられますか?年中、元気はつらつという方は、少ないかもしれません。病気になったり、仕事や人間関係がうまくいかないで落ち込んだり、失望したり、うつになったりする、それほどではないが今一つやる気が出てこないこともあるものです。

私も何度も、落ち込む、失望する、やる気がなかなか出て来ないことを経験してきました。人生経験を積み重ねますと、比較的早く立ち上がることができるようになっています。

今年に入って、人間関係の思わぬトラブルに会い、久しぶりに落ち込む、失望した時がありました。これも益することがあるだろうなと思いながら、数日も経過すると急転回し感謝なこととして解決に導かれました。心の整理も入れれば、1週間はかかりました。

やる気が今一つ出てこない

一番困った経験は、あれやこれやの仕事とそれとは別のトラブルが一挙に解決して、ほっとしたのか、次のことになかなかやる気が出てきません。特段困ったことがあるわけではないのですが、やる気が今一つ出てこないのです。皆さんも経験がおありでしょうか? このような時の処方箋について、自分を題材に考えて見ました。

 まず考えるのは、その原因です。やはり、心も体も疲れているのだろうと思いあたり、家人の意見も聞いてみました。何年もかけてやってきた事柄が、一区切りついたのでやれやれ!疲れが出てきたのだな。それにしてもやることを多く抱えすぎだと思わされます。
 
 1週間ほど休むかと思いながらも、やるべきことがあり走らねばなりません。今日という日をやる気を起こすのは、私の場合、ラジオ体操をやる、散歩、運動するかして取り組み始めますと“やる気のスイッチ”が入ってくれます。それでも、1日も経過すると“やる気のエネルギー”が切れる場合、これは十分の休養が必要で、旅行か、温泉にでも行き休息です。

失望という病気

やる気が出ないという場合は、そこにはいろいろな原因がありますが、一番あり得るのが「失望」です。ある事柄に失望をしてヤル気にならないということです。「失望」という心の病気と言っても良いのではないかと思いますが、人は誰でも日常的に失望します。立ち直ってもまた再発し、あなたが失望すると他の人々も感染して失望してしまう感染力もあるのです。

なぜ失望するのかについて、原因を考える必要があります。多い原因の第1は、「疲労困ぱい」です。単に燃え尽きただけのことです。第2は、「挫折してあきらめる」ことです。フラストレーションがたまり、望んでいる方向の行く手をふさがれ、目標を失う、そしてあきらめることです。

第3は、「恐れ」です。これはなかなか気が付きにくいのですが、失望をもたらす恐れを抱いている場合です。批判や気まずさに対する恐れ、新しい一歩を踏みだす事への恐れ、プレッシャーに押しつぶされるのではないかという恐れ、完璧でなければならないという重圧から来る恐れなど。この場合は、“ここから逃げ出したい”いう現実逃避の欲求が伴うのです。

失望を乗り越える

これらを乗り越えるには、どうすればよいでしょうか。第1の場合は、十分に休みを取ることが最初です。そして、やる気が整ってきたところで、今までのやり方で良かったのだろうかと振り返り、疲労困ぱいの原因を探り、仕事のやり方等について、全面的に見直しすることです。疲労困ぱいになり、ストップをかけられた神様には、感謝することです。私も何度か経験させられ、それまでの色々なことを全て見直しました。

第2、第3の場合は、目標がよかったかを見直すことも必要かもしれません。目標をあきらめるのでなければ、別の視点で新たな取り組みを試してみることです。失望した時は、状況に心を奪われるのではなく、神に焦点を合わせて、神の助けをいただくことです。そして、失望に立ち向かい、失望と戦うことです。私たちの戦いは、霊的な戦いです。悪魔が最も頻繁に使う“失望、落胆”という手段に陥ってはなりません。

私の場合を振り返ると、失望してヤル気にならないと言いながらも、実は、自分が新しい一歩を踏み出すことに躊躇し、色々な恐れや重圧もあって、逃避しようとしていたのだと気が付かされました。祈りながら、そのことがわかり逃げないぞと決断させられ、挫折することなく、前に進むことにしたのです。 

2017年3月23日 小坂圭吾



2017年2月21日火曜日

コーヒーブレイク「現代訳聖書(電子書籍版)を読む」


聖書はわかりやすいですか?

「一度は、聖書を読みたいものだ!」と思う日本人は、多いのではないでしょうか?私も大学に入ったら聖書は読んでおきたいと願い、教会の門をたたき求道につながりました。若さもあって「古典だから難しいのは仕方ない!」と思って読んだものです。

今になっても、聖書はわかりにくいと思っています。一般的評価も「聖書は分かりにくい」です。聖書はベストセラーですが、読むだけで分かる翻訳になっていないので、途中で挫折した方が多く、読まれずに“積んどく状態”だと思われます。

信仰生活が長いと、読んでわかったような気持ちになって進みますが、ちょっと突っ込んで考えると何を意味しているのか分からないことが多々あります。そのような時は、「現代訳聖書」を開いて「ああ、こういう意味だ」と参照しています。

もう20数年も前からでしょうか、デボーション用聖書として読んで分かる「現代訳聖書」を使うようにしました。読んでそのまま理解できるのです。

聖書には2種類あり

聖書は、翻訳による分類をすると「原語に忠実」な聖書と「原文の意味に忠実」な聖書の2種類に分けられます。『新改訳聖書』、『新共同訳聖書』、『口語訳聖書』が前者の“原語に忠実な聖書”であり、『現代訳聖書』が後者の“原文の意味に忠実な聖書”になります。

「原語に忠実」ですと、2千年以上も前の原語をそのまま訳すわけですから、当時と風俗習慣が違う私たちには、理解できず良くわからないのです。時代背景が異なる上に、ユダヤ的表現法が随所に見られたり、昔の度量衡や貨幣が出てくる等々、理解を困難にしています。

これらの問題を解決する翻訳方法に「原文の意味に忠実」に訳すやり方があります。全世界で出版されている翻訳本については、これが常識として行われており、弊社パーパス・ドリブン・ジャパン(PDJ)刊行の本は、全てこの原則で翻訳をしています。

現在、全世界で8000万部のベストセラーとなっている『人生を導く5つの目的』(リック・ウォレン著、PDJ刊)は、世界85か国語に翻訳されていますが、この85か国語に翻訳されたものは、「原文の意味に忠実」に訳されたものです。

リック・ウォレン牧師は、この本の中で約1000近くの聖書箇所を引用し、15の英訳聖書を使用しておられます。いろいろな訳を比較することが助けになるという理由からですが、これら15の英語訳聖書を見ても、「原文の意味に忠実な聖書」が大勢を占めています。

原文の意味に忠実

この「原文の意味に忠実」という翻訳理論を提唱されたのは、アメリカ聖書協会の翻訳主任であり言語学者でもあるユージン・ナイダ博士です。彼が主張したのは、「ダイナミック・エクイバレンス」(動的対応訳)という翻訳理論ですが、彼は次のように述べています。

「翻訳とは、元の言語で表現されているメッセージを、その意味内容において、次にその文体において、最も自然に対応するものを、訳そうとする言語で生み出すことである。」すなわち、歴史、社会、文化の違いを考慮に入れて原文の意味に忠実に訳すということです。このやり方によって、読むだけで分かる聖書翻訳になるのです。

 
 この翻訳理論によって訳された聖書は、英訳聖書では当然ながら大きな役割を担っており、主流を占めておりますが、日本語では、尾山令仁訳『現代訳聖書』だけです。読むだけで分かる聖書が、今後、日本語でもさらに数多く出版されることを願ってやみません。

横浜ランドマークタワーより

現代訳聖書(新約聖書)【電子書籍版】を刊行

『現代訳聖書』は、1983年初版刊行から30数年が経過、その間、尾山令仁牧師が修正を加えられながら、版を重ねてきました。30数年も経過しますと、日本語の使い方も変化がみられ、現代訳聖書刊行会として改善の意見も色々と集約し、反映しました。ここに、改訂新版(11版)として、まず新約聖書を電子書籍版として刊行する運びとなりました。

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ぜひ、読むだけで分かる聖書・『現代訳聖書(新約聖書)【電子書籍版】』を座右に置かれて、日々のデボーションに聖書研究にお役立てください。家族、知人や友人にお勧めいただければ、幸いです。価格もお求めやすい価格、キンドル価格750円(税込)に設定してあります。皆様のご利用をお願いいたします。

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2017年2月21日 小坂圭吾