2017年10月18日水曜日

今を生きる「心のゆとりを持つ」


上高地・大正池
巨人軍のルール

野球のクライマックスシリーズたけなわの中、巨人ファンの方は、圏外のため失望であろうと推測します。私も熱の冷めた巨人ファンですが、かつての巨人軍の強さについての記事を読みました。川上哲司、藤田元司監督の時代は、巨人軍がほんとに強かった時代ですが、それにはそれなりの理由があるようです。

藤田元司監督が、巨人軍監督の座を去った後、その手記を週刊誌に連載しました。編集部の記者さんは、打ち合わせのため都内のホテルで藤田さんと会うのですが、失礼が無いように15分前にホテルのロービーに着きます。藤田さんはすでに来ておられ、これはいけないと次は30分前に、その次は45分前に行きますが、藤田さんは先に来ていました。

Pさんは、なぜこんなに早く来るのかを藤田さんに尋ねました。「巨人軍は、練習に午後1時集合と言えば、練習が開始できる状態になっていなければならないという意味ですから、1時間前に来て準備をするのです。その習慣があり、人との約束もたいてい1時間前に来てしまうのです。」当時の巨人軍の強さの秘密、準備万端がこの辺りにもあったのかもしれません。

高速道路渋滞で遅刻

この話を読んで、先日、月一度のある大切な会議に遅れたことを思い出しました。東名高速を使っていくのですが少し渋滞があり、一部一般道を使うもこれも渋滞があり失敗したのです。

もう20数年も前になりますが、著名なクリスチャン・ビジネスマンKYさんのお話しを思い出します。「私は、時間は必ず守る努力をしています。約束した時間の30分前には行くようにしています。車で行くのであれば60分前には着くように計画します。心にゆとりが持てます。」私も時間を守ることには十分心していましたが、この慎重さには教えられました。

以後、全く同じではありませんが、私もかなり余裕をもっていくように心がけていました。いつもなら30分前には、現地の近くに行くようにしていたのが、15分前くらいでも大丈夫と読んで行動し、十分な余裕を見ることがおろそかになったことが反省です。

良い習慣はやがて人格となる

渋滞に会いますと、運転しながら渋滞がどのくらいかなと考えながら、このままだと到着が何時くらいか都度予測し、普通の場合、まあゆとりがあるから大丈夫―。この時は、一般道路も思った以上に時間がかかり、抜け道にも回りますが、これはもう遅刻だなと途中で腹をくくりました。
自分に課していたルール(出かける少し前に渋滞を確認~インターネットで分かる便利な時代~30分前に現地に着くように出発する)をしっかりやらなかったのが、失敗の原因です。

自分にかなり甘かったなと思います。結果は、心にゆとりがなくなり、途中少しであろうともイライラが出てくるものです。ゆとりをもって、出発時間を15分ほど早くしておればよかった事柄です。1日の生活を振り返れば、無駄な時間はいっぱいあるはずなのに、いざ大切な時に出来ないということは何を意味するのでしょうか。

「良い習慣は、やがて人格となる」という言葉があります。人格とは、習慣となって現れる行動に他ならないということで、“根本的には、習慣の総計が人格である”というのです。良い習慣を身に着けるか、悪い習慣を身に着けるかでは、大きな差が出てくるのです。

そのことから言えば、時間を守ることについて、まだまだ自分の身についてない、心のゆとりが不足だなと思わされました。時間についてうるさ型の一人で、時間が迫ると家人に”もう出発の時間だよ!”と催促するのですが、昨今は「これは遅れそうだな。まあ待つことにしよう!」リビングで座って待つようになってきています。ですが、今回のこのあり様は、まだまだ心のゆとりが無いなと思わされ、「成長する余地ありだな!」と自分に言い聞かせます。

20171018日    小坂圭吾

2017年9月22日金曜日

今を生きる「自制心を養う」


JR線最高駅・野辺山
自制心の欠如

北朝鮮が核とミサイルの実験を次々実施し、これに対するアメリカ大統領の過激な発言が、緊張感を刈り立て、世界中に危機感が走ります。中国とロシアは、両者に対して“自制をして話し合いで解決すべきだ”と繰り返して述べています。自制という意味では、北朝鮮をここまで色々と陰で援助していた国も、これ以上の開発が出来ないように自制すべきことだと思われます。

私たちが抱えている色々な問題の原因は、自制心の欠如にあります。“自制する、自制心を持つ”ことは、人生というコースにおいて、自信と安心感を得ることができる重要な能力です。多くの人が、自制心に欠けて自分の人生に問題を抱え、何とかしたいと願いながら負けてしまっている現実があります。

スポーツ界の頂点に立つ選手たちにとって、自制心と自己訓練は欠かすことのできない要素です。2020年に向けて、オリンピック選手たちは、何年も体を鍛え、練習を積み重ね、食べ物に留意等の自制をし、レースに臨みます。私たちの人生レースは、どんなスポーツ競技よりも重要で、自制心は必須の要素です。

マシュマロ実験

アメリカ・スタンフォード大学の心理学者が、幼稚園児(4歳の子供)数百人に参加してもらい、次の実験を行いました。~被験者である子供は、何もない机と椅子だけの部屋に通され、椅子に座る。机の上には、皿の上にマシュマロがひとつ載っている。実験者は「これを君にあげるが、私が戻ってくるまで15分間食べるのを我慢したら、もうひとつあげるね。これを食べたら、ふたつ目はなしだよ」と言って部屋を出る。ドアを閉めたとたんに子供は、どうしたでしょうか?

子供たちの行動は、隠しカメラで記録されます。机を蹴ったりして目の前の誘惑に抵抗/マシュマロをなでる・匂いをかぐ/椅子を後ろ向きにしてマシュマロを見ないようにする等々。

映像分析の結果、マシュマロを見つめ触ったりする子供は食べる確率が高く、2/3の子供たちが待ちきれずに食べてしまった。我慢できた子どもは1/3で、目をそらすとかしてマシュマロから注意を逸らそうとする傾向があるとのこと。他の国でも実験がなされ、同様な結果を得たとのことです。

自制心を養うために

これは、「自制心」(セルフコントロール)と呼ばれている「将来のより大きな成果のために、自己の衝動や感情をコントロールし、目先の欲求を辛抱する能力」についての意義深い実験です。その後も追跡調査が行われ、4歳児における自制心の有無は、1819歳になっても持続しており、マシュマロを食べなかった子供は、全員が順調な道を歩んでいたとのこと~成績も良く、友人や先生との関係も良好、将来設計も出来ていた由。一方、マシュマロを食べた子供たちは、問題を抱えていたとの報告です。

「自制心を身に着ける」には、どうしたら良いのでしょうか。まずは、自分の生活の中で、自制心を養う必要があると思われる領域、そこにおける具体的な問題について、“自制心の欠如の責任は私にある”ことを素直に認めることです。

「人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。」(ヤコブ1:14)と聖書にあります。悪いと知りつつ悪いことをしてしまうのは、そうしたいという強烈な願望があるからです。人は、誘惑に負けて安易な道を選ぼうとするものです。自分の問題を認めて、それに向き合い見極めることです。

「私には、この問題があります。この部分について助けが必要だ」と、主なる神さまに助けを求めて祈ることから始めましょう。色々な祈りの課題がある中で、それを優先して祈らねばなりません。後回しになったりしていないでしょうか。過去に取り組み失敗をしたとしても、過去の失敗は捨て去り、あきらめないで、祈りながら取り組みましょう。

神さまに心をしっかり向けて祈り、事をなそうとするならば、自制心を養うことについて力と知恵をいただくことができます。何度か失敗したことであっても、あきらめずに取り組むならば、涙の谷を歩んでいたとしても、祝福の泉がやがてわいてくることでしょう。

「ああ、なんと幸いなことでしょう。あなたに頼って事をなし、あなたに心を向けている人たち。その人たちは、涙の谷も、祝福の泉に変えてしまいます。」

(詩編84:5-6 現代訳) 

≪参考資料:「人生を変える力~実り豊かな人生の秘訣」(リック・ウオレン著、PDJ刊)~御霊の9つの実に焦点を合わせながら、人生のジレンマに対する具体的な解決を聖書から提示している。リック・ウオレン牧師の数少ない著作の一つ。『人生を導く5つの目的』に引けを取らないほど、教えられる所が多い≫。

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2017年9月22日    小坂圭吾


2017年8月24日木曜日

健康余話「十分な睡眠をとる」


バンクーバー近郊にて
健康保持の4原則

今年の関東地方の8月は、予想と違って低温と雨続きになり、気が滅入りそうになりました。東京地方は、8月はじめから20日間雨が降らぬ日はなく、ほとんど晴れ間を見ることもありませんでした。

このようなあまり元気が出ない時、心に元気をいただきたいと賛美を3-4曲歌い、仕事を始めます。インターネットで“聖歌・讃美歌”と検索しますと“MP3♪&詞 聖歌・賛美歌~MP3音楽のべ1743曲集”(http://sanbika.la.coocan.jp/index.htmlと出て来て、ピアノかオルガンで演奏をしてくれますので、一人で大きな声を上げて歌っています。もう数年前から愛用していますが、聖書を読み・祈ることも入れたりして、心に平安・元気が与えられます。

心に元気を与えられたところで、健康保持の4原則の一つ“十分な睡眠をとる”ついて書こうと思います。私たちが健康で過ごしていくための4原則は、①心に平安、②十分な睡眠、③適度な運動、④正しい食事、が必要と言われています。

十分な睡眠

多くの方々は、睡眠について色々な問題を抱えているように思われます。寝つきが悪い/寝つきは良いのだが途中で目が覚めてしまう/熟睡できない/枕が合わない/夏はエアコンの温度調節がうまくいかない/眠りの質が良くない/夢を見ることが多い等々、悩みは尽きません。

日本人の睡眠時間は、短くなり続けています。国民栄養・健康調査によれば、睡眠時間が6時間以下の人は、H20年には全体の3割未満⇒H27年には4割近くに急増し、7時間以上の人は大幅に減った由(35% ⇒27%)。これは、スマホ等の影響も大であろうと推察します。

1日に必要とされる睡眠時間は、赤ん坊の時が一番必要で、年齢を重ねるにつれ次第に減り、2050代の働き盛りの世代であれば、1日に7~8時間程度必要とされています。ですが、十分な睡眠をとりたいと願いつつも出来ないのが現状でしょうか。

睡眠不足を補うのは、午後のどこか(夕方以降にならないこと)で20分ほど昼寝が有効です。私も何十年も毎日のように昼寝をしますが、昼寝は30分以内ですとその後に元気も与えられ、夜の睡眠には悪い影響は与えないようです。
HEBELIANより転載
より良い睡眠をとるために
                          
上質な睡眠をとるためには、それなりの準備が必要です。第1に、昼間より良い活動(仕事、家事、子育て、勉強、ボランテイア等生きがい、やりがいのあること)をして、肉体的、精神的に適度な疲労があることです。そのためにも、昼間に日の光を浴びることや、夕方に運動とか散歩は有効です。

第2に、寝る前の心と体の状態を整えることです。寝る前に嫌なテレビやパソコン・スマホでゲームをしたりして寝ることは、良い結果を招きません。寝る前に適度な温度のお風呂に入る、聖書を読み静かに祈る等は、良いことは言うまでもありません。

第3に、眠れなくてもあせらないことです。目をつぶって寝ていれば、80%の疲れはとれていると言われます。私も途中目が覚めても「もう3時間眠れますように!」とお祈りをし我慢をしていますと眠りにつきますし、ウトウトであっても大丈夫と自分に言い聞かせます。高齢者の場合、必ずしも7-8時間寝る必要はなく「8時間寝なければ」と意識しすぎるとストレスになり、「それ以上は寝すぎです」と専門家の意見です。

番外編ですが、枕について、私は5~6年余も経過すると枕が気になり、新しく変えています。枕も色々と研究されているようで、新しいのも良いものだと納得しています。部屋の温度については、18~26℃位が良いそうですが、夏の夜に気温や湿度が高いと寝苦しく、手足からの放熱がうまくいきません。身体深部の温度(深部温度)は、睡眠中が一日で最も低くなりますが、深部体温が放熱により下がると自然に入眠を助けてくれますので、その工夫が必要です。
                  
睡眠中は、浅い眠り(レム睡眠、体の休息)と深い眠り(ノンレム睡眠、脳の休息)を80110分周期で繰り返しています。眠っている間に、脳の疲れをいやし、心身の疲労を回復し、免疫力や治癒力も高まります。5年ほど前に始めて手術で入院して帰宅後、1日寝る毎に手術後の傷が癒されていることを実感しました。良い睡眠をとることは、起きている時の生活の充実につながるのです。


2017年8月24日    小坂圭吾


2017年8月9日水曜日

聖書の不思議「創造主なる神が存在される」

 
北海道・知床
天地の創造主

「はじめに神は天と地とを創造された。」(創世記1:1 口語訳聖書)
聖書の最初の言葉、特段の説明もなくおごそかに神秘的な言葉で書かれています。この言葉に感動を覚えたのは、大学1年生の時でした。その時に、創造主が存在し天地を造られたのか?と色々と調べました。全宇宙と地球がどのように運航しているか、人間、動物、植物がどれほど精密に複雑に造られているかを知り、この聖書の言葉を黙想してみますと、創造主がおられ天地を造られたのだと認めざるを得なかったのです。

進化論については、小学校の先生から聞いた記憶はあります。それよりも、天地の全てがいかに精密に複雑に造られ、正確に運航している様を知ると、進化論は考える余地もありません。天地の創造主が存在されると見出だしたのです。

この宇宙、地球、自然界、人間についてつぶさに調べると、この世界が偶然にできたのではなく、その背後にデザインをされた方がおられることを、やがて認めることとなり、多くの自然科学者が認めています。万有引力の法則などの発見をしたアイザック・ニュートンもその一人で、彼は、自然科学(物理・数学・天文)史上最大の科学者と言われています。

人が人として生きる道

創造主の存在が分かり、その神さまは、私との関係はどうなのか?神様を信じるとはどういうことか?を考えるようになります。多くの人々が、聖書を真剣に調べて、やがて神の存在を知り、神の子・イエスキリストを救い主として受け入れたことを聞かされます。聖書に反対している人さえも、そうなのです。

「聖書は、人が人として正しく歩んでいくことを導いてくれる書物」であろうと理解しても、神さま、救い主を信じることがわからないのです。私も同じような経験をし、ともかく、聖書をしっかり学んでいく、そこに何か真実があるのではないかと求道する姿です。教会の礼拝やKGKの集会に出席して聖書を学び、それに関する本を読み漁りました。やがて、この真実な道にかけてみるしかない、飛び込んでみないとわからないのではないかと導かれました。

日曜日の朝の礼拝の時に「この道にかけてみよう!」と決断し、信仰へのジャンプをしました。イエスキリストを私の救い主として受け入れるに至りました。「人が人として生きる道が、そこにはある」とひたすら求めて見出したのです。信じるとは、信頼することです。聖書を読めば、イエス・キリストがどれほど信頼できるお方かが分かってきますが、目に見えないお方、神さまですから、信仰のジャンプということになるのです。それは、全くの恵みによることです。

聖書の不思議

神を信頼し、信じて信仰を持ったとはいえ、聖書を読んでもわからないことがいろいろと出てきます。その時に、教会で指導されたことは、「聖書の中でわからないことが出てきても、次第に霊的な目が開けて、わかるときが来ます。わかるところだけをまず理解して進みなさい。」ということでした。

「信仰は体験である」と言われ、霊的な目が開かれなければ、理解できないとも言われます。よくわからない事柄といえば、イエス様の復活、奇跡、罪の三つでしょうか。“イエス様の復活”や“奇跡”については、全知全能の神が、超自然的な力を働かされれば、当然できないわけがない等々、それなりの説明や論理展開で、最初は理解をしていました。“罪”については、罪人と言われても子供のころから品行方正にしつけられて育ち、あまり悪いことはしてないしー。でも、やはり自分も罪人だろうなとこれまた浅い頭での理解レベルです。

聖書を読み、祈り、日々の問題を信仰により解決していく信仰の体験を積み重ねていきますと、いつの日か着実に心から「アーメン」とわかってきます。霊的な目が開かれるのです。罪と十字架と復活の関係が明確にわかり、奇跡も信じられます。聖書の言葉を自分に適用・実践して、その通りになる体験を積み重ねることにより、これらのことを信じようと思うまでもなく、その通りであるとわかってくるのです。

私にとって、創造主なる神が存在されることは、最初は知的理解でした。聖書を自分に適用し実践する信仰体験を積み重ねるに従い、今も生きて歴史を動かされる創造主、この小さい者も導いてくださる全知全能の主がおられると語る生き証人となりました。この幸いを心から感謝しています。

2017年8月9日    小坂圭吾

2017年7月14日金曜日

コーヒーブレイク「映画「十戒」を楽しむ」

スペクタクル史劇の傑作

 映画「十戒」(1956年の作品)この映画を初めて見た時、興奮しながら見た思い出があり、その後も何度か見ました。この映画は、セシル・B・デミル監督自身によってリメイクされたのですが、「ベン・ハー」と双璧を成すスペクタクル史劇の傑作です。

旧約聖書の「出エジプト記」を原作として制作され、内容は極めて旧約聖書に忠実で、映画の醍醐味を感じさせてくれる作品です。3時間40分もの長~い上映時間の途中、「10分休憩」があります。このリメイクでは舞台裏の解説があり、そのセットの凄さ、エキストラの数・・CGは勿論なく、こんな凄い映画は、今のハリウッドでは、とても作れないことでしょう。

チャールトン・ヘストンとユル・ブリンナーの二人の存在感はさすがで、女優陣も魅力的です。ユル・ブリンナーがキリリとした姿で出てきますが、かつて現役時代に勤務していた企業で、彼をある広告のモデルに起用し、当時のF社足柄工場に来てもらったのを思い出しました。当時も、頭はピカピカでしたね。

それにしても、今の映画は、観ていると疲れる事が多いのですが、昔の映画は観ていて疲れない!観客の「目」や「心」や「耳」に優しい映画なのです。

聖書の世界観 

一般の方々は、この映画を“旧約聖書の世界観を知るために見る”という方も多いと思われます。日本人が聖書を読もうとすると、日本語訳が原語に忠実な訳の為、当時の風俗、習慣など歴史や文化の違いを考慮した翻訳になっていないので、さっぱりわからない、難しいと感じられるのです。

その旧約聖書の物語を、映像でかつ分かり易い日本語でしゃべってくれるのですから、理解はとても楽です。60年前の作品とはいえ、古さを感じずに楽しむことができます。

この映画の中での語り草と言えば、“紅海がまっぷたつに割れる” 映画史上名高いシーンです。エジプト王の軍勢が、出エジプトをしたイスラエル人を追いかけ、紅海に面した断崖に、イスラエル人は追いつめられる!絶体絶命のピンチに神に祈るモーセが、海の上に手を伸ばす。 

とその時、目の前の海が“まっぷたつ”に割れ、海底の道が現れたではありませんか!イスラエル人がその乾いた所を進み、全て対岸に辿り着くと、モーセが再び手を紅海に差し伸ばす。海の水は元に戻り、エジプトの軍勢すべてを飲み込み全滅してしまいます。

この映画を見た数年後に、アメリカ・ロスアンジェルスにあるユニバーサル・スタジオに行く機会があり、たまたま「紅海まっぷたつに割れる」特撮シーンの裏技を見ることができました。映画製作の工夫に感激しました。

    聖書の奇跡

“紅海の水が二つに割れる”ことは、まさに神様のなさった奇蹟です。この事柄は、聖書信仰の立場にある者としては、聖書に書いてある通り起こったと素直に理解をしています。したがって、映画を見ましても旧約聖書の史実に忠実に描いていますので、一層楽しむことができます。

この奇蹟と科学とは、矛盾するのでしょうか?この全世界は、全能なる神(God、創造主)が創造されました。自然界は、私たちが考える以上に規則正しく、自然法則に従って動いていることを、科学は明らかしています。全能なる神は、必要であれば、その自然法則を超えて働かれる、その時に起こるのが奇跡です。科学を信じるからこそ、奇跡も信じることができるのです。

全能の創造主が、この天地を造られ、今も統治をしておられると信じ、受け入れ、“科学と奇蹟は調和する!”と理解しています。紅海の水が二つに割れる様子は、まさに圧巻であり、こうした奇蹟を自分の目で見たイスラエル人は、神さまを半信半疑に思っていたとしても、心から信じるようになったことでしょう。

しかしながら、そのイスラエル人が、しばらくすると神様に不平不満を言い、反逆するようになる。これこそが、私たちの現状の姿です。絶えず、神さまにしっかり目を向けて歩まねば、失敗をする者であることを覚えさせられます。

「モーセが海の上に手を伸ばすと、主は一晩中、強い東風を吹かせて紅海の水を流れないようにし、水を二つに分け、紅海の一部を陸地とした。イスラエル人は、紅海の中の乾いた所を進んで行った。」(出エジプト記14:21~22 現代訳)

2017年714日  小坂圭吾



2017年6月21日水曜日

聖書の不思議「ビジョンは導く」

創愛キリスト教会
創愛キリスト教会・献堂式に出席

 先月、四日市市にある創愛キリスト教会の献堂式(顧問牧師・堀越暢治、主任牧師・宮崎聖)に参加致しました。堀越暢治(のぶじ)牧師が18年前に、新たな一つの家庭集会から始まり、創造主の慈しみと哀れみにより完成へと導かれたのです。4年ほど前、『創造主訳聖書』が刊行したころ、堀越先生の教会を訪問させていただくと約束したことが、献堂式に参加という形で実現しました。

新会堂建設は、主の恵みが特別に注がれるときでもあり、私も何度か会堂建設に携わる恵みにあずかりました。最初は、学生時代に韓国を訪問・謝罪の実として、日本軍による教会堂焼き討ち及びクリスチャン殺害事件のあった韓国・提岩里教会の再建です。

2回目は、30代の時、母教会(当時の高田馬場教会)の初めての新会堂建設の委員に加えられ、会堂献金の蓄えが少ない中、主がそれを実現してくださる様を体験しました。

3回目は、東京都より河川の治水工事の為に、会堂を移転してほしいと申し出があり、新築してわずか10年余の教会堂を東京都に売り払い、別の場所に会堂移転するというまさかの計画です。これを契機に千人会堂建設というビジョンに向かって歩みを進め(聖書キリスト教会・東京教会)、主なる神様が不思議な事をされる様を体験させていただきました。
献堂式

神の名について

創愛キリスト教会の特徴は?と言えば、聖書の創世記に記されている「創造」の真実を信じ、大切にしている教会です。人は、サルから進化した偶然の産物ではなく、天と地を造られたお方・創造主が、最高の傑作として造ってくださった存在です。

大学1年生の時に求道を始めた私は、まず創世記から読み始めたような記憶があります。「はじめに神は天と地とを創造された。」(創1:1 口語訳)何という素晴らしい言葉から始まるのでしょう。求道して間もなく、聖書を研究し天地の創造主が存在すると、素直に信じました。

 堀越暢治牧師が、18年前に開拓伝道を始められたのは、「神」の名は、日本では八百万(やおよろず)の神々と理解され、正しく伝わらないので「創造主」と呼び名を変えて伝道しようと決意されたのです。また、「神」という言葉を「創造主」に変えた聖書を作りたいと願われ奔走されました。

 堀越先生は、淀橋教会の峯野龍弘先生、韓国・オンヌリ教会(創造論に立って創造主なる神を宣教し今日のような教会に進展)故ハ・ヨンジョ先生の協力を仰ぎながら、創造主訳聖書刊行委員会を立ち上げて、念願の『創造主訳聖書』が刊行されたのです。

 日本人は、聖書の中で「神」と出てくると八百万の神と理解しながら読みますので、混乱が起こります。「創造主」と書いてあると“天地を造られた神”と理解しながら読むため、混乱が起こらず伝わりやすいのです。

創造をベースにビジョンに向かって

 創愛キリスト教会は、「創造をベースに99%へ福音を」というビジョンを掲げ歩んできた中、広大な土地・8000坪が与えられました。この土地の活用を模索する中、このたび新会堂が建設されました。

 旧会堂は、改修して「ノアの箱船記念館」としてオープンを予定、アメリカの創造博物館やアメリカから寄贈された化石、堀越先生が日本や世界中で自ら発掘した化石を館内に展示される由。創造の真実をダイナミックに伝える映像の上映、創造の歴史を学べる展示物(恐竜のオブジェやパネル)などの設置も行われるとのことです。

 さらに、ノアの箱船の出来事が真実であることを伝えるために、ノアの箱船の原寸大モニュメントの設置(全長150m ✕ 幅25m ✕ 高さ15m)による“ノアの箱船記念パーク”を作るビジョンに挑戦しています。これらの夢・ビジョンに向かって18年前に始められ、次第に形になりつつあることは、なんと喜ばしいことでしょう。

 聖書の言葉を固く信じ、創造主に思いをはせながら上からのビジョンをいただき、その実現に向かって前進する時、創造主が不思議な事をなしてくださるのです。“いのちの創造主”の素晴らしさをお伝えします。

 ・創愛キリスト教会のHPはこちら ↓


・創造主訳聖書はこちら ↓



2017621日 小坂圭吾

2017年5月16日火曜日

今を生きる「良い習慣を身につける」


横浜・山下公園
毎日練習する

 長い間水泳をやっている孫のA子(中学2年生)が、いつのまにか県大会出場から全国大会出場するまでの実力になりました。彼女の母親が、水泳好きな事が引き金となり、習わせ始めたのです。子供4人すべてに習わせましたが、そこは得て不得手があり、A子が適正もあったのか、練習熱心で手抜きをしないでやるそうで、コーチも目をかけて腕がぐっと上がったそうです。

 彼女の日課を聞くと、毎日しかも朝晩と練習する、休む日は、年間数えるほどしかなく「こりゃ大変だ!」と感じます。別に苦しいとか大変だとかの言葉は無く、さらりとやっているように聞こえます。この一事を通して、何か大切なことを身につけているのだろうと思わされます。

定期的にやり続ける

スポーツというのは、週にできれば2回以上定期的にやり続ければ、体も出来て上手になるのだ、と中高年になりやっと知りました。ストレッチも、毎日やれば着実に体が鍛えられることも、数年前から実行して実感したものです。それまでは、やる日もあれば、忘れてやらない日もあり、今は、朝起きて10分間欠かさず実行しています。

ある時、習字を長年習いかつ子供たちにも教えている家人に聞いてみました。「習字は、あるレベル(師範)に達しても、毎週練習をし続けなければだめなのかな?」「そう継続してやり続ける必要があるのよ。毎回、墨をすり練習をして後片付けをする。これは大変だけど、続けないと実力はすぐに落ちるのよ。」続けないと力が落ちることは、どのような道も同じなのですね。

数年前から、「囲碁」を習い始めましたが、その中で教えられたのが小林覚九段(今までに1000勝以上達成)の言葉です。「勉強しても強くなる保証はない。勉強しなければ、確実に弱くなる。」この勉強する、努力する、続けることは、あらゆる分野、道に通じる事柄のようです。

生活の最優先事項

私たちクリスチャンにとってやり続けるべきこと、毎日の生活の最優先事項は、“デイボーション(静思の時)”です。私たち人間は、創造主なる神と交わりを持ち、対話し、意思疎通を図ることができるように造られました。

イエス様は、しばしば静かなところに退いて一人で祈られました。神の御子でさえ、絶えず神との交わりを必要としておられたのだとすれば、私たちに必要なことは言うまでもありません。神様に大きく用いられた人たちは、聖書に登場する人物は言うまでもなく、現代においても皆、神の御声を聞き、神に祈る習慣を確立していました。


“デイボーション(静思の時)”は、QT(Quiet Time)とも言われ、霊的な入浴の時間ともいえます。生活の中の罪を吐き出し、洗い清めていただき、新しい出発をする時間にもなるからです。

長い信仰生活の中で、絶えず教えられてきた良い習慣とは、“デイボーション(静思の時)を持つ”“家庭礼拝をする”の二つです。今まで人生の年代に応じてジグザグ、ヨチヨチしながらの実行でしたが、この二つは、恵みと感謝な事柄だと感じています。

 多くの教会では、“デイボーション(静思の時)”の大切さが語られ、指導されていることでしょう。長い間実行しつつも様々な問題に悩んでいる方、あるいは身についていない方もおありかもしれません。もっと聖書を深く学ぶにはどうすればよいのだろうか?とお考えの方もあるかと思います。


これらの事柄に良い指導を与えてくれる本が、「霊的成長をもたらす4つの習慣(クラス201)」(リック・ウオレン著、PDJ刊)です。心から、お薦めいたします。下記をご覧ください。↓


(全国のキリスト教書店でも販売しています。)



2017516日 小坂圭吾